その笑顔が輝く その日まで

好きなことを好きなように

大好きな選手へ

颯くんの担当の人のブログを見てようやく腑に落ちたことがある。
ヒロキくんの担当の人も、別の颯くんの担当の人も言ってた、他の人なんて考えられないってこと。
そのこと、実はとても不思議に思ってた。35億、はちょっと多いけど他にもたくさんいて万が一のことがあるかもしれない、って。
でもそんな風に思えないって。そのページに出会ったのがたまたま5/14だったからかもしれない。
はっきり突きつけられて、ああこういうことなんだって気づかされて。

今からその「降りられない」選手の話をしようと思う。

あれは5年前の冬だった。
父が買ってくれた雑誌に、高校生の記事が載っていた。
一瞬だけその大会を見たご縁もあったからだろうか、優勝チームの記事を開いて、

 

私はその人を「見つけた」。


次のシーズンから彼を追いかけた。その年行けない私は、たまに雑誌から入ってくる情報を拾ってくるだけで幸せだった。冬の大きな大会に、重大なポジションで呼ばれた。1年生で。しかも成績は6番目。あのメンツの中、1年生が6位になったこと、本当に嬉しくて誇らしくて。
迎えた次のシーズン。
初めて観に行った試合は、もちろん彼が出る試合。何十人もの選手の中で、彼だけが輝いて見えた。かっこよくて仕方がなかった。それからいろんな試合に足を運んでは彼の勇姿を目に焼き付けて。冬の大会にも呼ばれ、鈴なりの大歓声の中で駆け抜ける姿は頼もしくて、ずっとついていきたいって改めて心に誓った。
なのに。
3年目、彼の居場所が少なくなっていった。強い後輩がたくさん入ってきているとか、タイムが伸びないとか、いろいろ言われているのを聞いた。それでもちょこちょこ大会に出ているのは見てて、今年はあるかもって信じてた。
10月に呼ばれなくても、

11月に呼ばれなくても、

それは去年もだから、スタミナ型の彼だから最後だけはあるかもしれない。
そして16人のメンバー発表の日。
彼の名前はなかった。
にわかには信じられなくて、悪い夢を見ているようで、twitterに思いを吐露したら、
その人の高校の後輩からリプがきて、現実なんだってようやく実感が湧いてきて、涙が止まらなくて。
その年の大会は正直つまらなかった。だって私の見たかった人はいない。いつもの場所にいたからあとで声もかけられたし写真も撮って頂けたけど、彼が身を包んでいたジャージは白青だった。去年着てた青黒じゃなかった。じわじわとこみ上げる実感がやりきれなくて。3月の大会がなかったら、どうなっていただろう。
そして迎えたラストシーズン。
春の大会に呼ばれなかった。この前までいた大舞台に。
物理的に見られなくなったのもあり、その前にあったフィーバーとファンの諍いの波が彼のチームにも押し寄せ始めたのもあり、どんどん見なくなった。それでも、三大大会だけは見た。彼が出るかもしれないから、

最終学年だから、

経験値があるから、もしかしたら、

もしかしたら…望みはことごとく打ち砕かれた。
そして、入試期間。
彼のラストゲームが、彼の地元で行われた。
それを知ったのは、終わってから。
twitterもインスタも公開していない彼は、ひっそりといなくなった。


受験が終わって、その大会に出るような学校に通いはじめて、学校の応援をしようと思った。選手を覚えようと思った。
でもできない。
だって私には彼しかいない。
同じファンの子と喜びを分かち合いたいのは彼しかいなかった。
それまでどちらかというとDD体質だと思っていた、観に行った証をもらいたいと思った人もいた、けれどこんなに熱くなれるのは彼しかいなかった。
いなくなれば当然、呟く人もいなくなって、みんな新しい人を見つけていく。それでもそこには行けなくて、彼と同じだけ応援したい人には、まだ。

そんなとき、上記のブログを読んで、僭越ながら、同じだと思った。
ジャンルは違えど、こういうことだったのかって。
そして、応援したい人を応援できるうちに、たくさん応援したいと。
舞台の上で輝く自担の姿をたくさん目に焼き付けようと。


誕生日にこんな気持ち思い出させて泣かせるなんて罪な男。
でも好きだった。本当に好きでした。かけがえのない時間をありがとうございました。
お誕生日おめでとうございました。どうかお幸せに。